肘折えんむすび

 そば処 寿屋「肘折えんむすび」

「肘折のあたたかくて大らかな空気感はどこから生まれてくるのだろうか。美しい景色、美味しい山菜、色鮮やかな花々からか。肘折を訪問するようになって今年で6年。その中で様々な事柄に触れ、多くの気づきがあった。ここには美しく優しく煌びやかなものだけでなく、厳しい自然環境や動物たちとの共生の中で育まれた知恵、山岳信仰の文化など様々な事象が存在する。それらが複雑に結びつきこの空気感を生み出しているに違いない。画面に紡いだ一つ一つの物語が地蔵倉にある縁結びを願う5円玉のように、ここを訪れる人々を優しく強く結びつけてくれることを祈る。」

 

そば処 寿屋
肘折えんむすび

木板彩色 岩絵具 墨 金泥 箔
1060×450㎜ 5点
2015年制作
店内風景

「白玉ころころ」
冬の銅山川には突如ころころと白玉だんごのようなが雪玉が現れる。
川の中の石の上に雪が厚く積もっているのだ。積雪量によって大きさは変容する。丸く可愛らしいその様は、寒く厳しい季節の中で心にほっこりとあたたかさを届けてくれる。

「おすそわけ」
多くの生き物が共存し合うためには、他種と次の世代の命のために食べ物を搾取しすぎてはならない。この行為はもしかしたら自らの命を少し危険にさらすかもしれない。しかし、そのほんの少しの命のおすそ分けが糸のように紡がれ、まるで着物の帯のように美しい肘折の世界を織りなしている。

「大蛇の住まう処」
今もなお語り継がれる、小松淵の大蛇伝説。
むかしむかし小松淵には大蛇が棲みつき、たいへん悪事をはたらいていた。橋に化けて村人を川に落としたり、田畑を洪水で流してしまっていた。この話を聞いた新庄藩の殿様が侍「小松八郎」に大蛇退治を命じた。大格闘の末、大蛇は成敗されるがその際大量な血しぶきをあげて7日7晩銅山川を赤く染めたという。
現在の翡翠がかった青深い色の川と対照に輝く色鮮やかな紅葉のアーチは大蛇の血の色が輝やかせているのではないだろうか。

「ふっくら山のめぐみ」
肘折の冬は積雪量が4メートルを超える。標高300mクラスでは非常に珍しく多い。春を迎えると融雪が急激に進み、それまで豪雪の中でじっと耐えた山菜は力強く一気に芽吹く。そのためここの山菜はとても太くて柔らかく美味しい。作品下部の波線は、寿屋2階から見える山の稜線の形をなぞっており、肘折を囲む山々から蕨が力強く成長している様子を表している。肘折の春に齎される、山の恵みへの讃歌。

「あめあめふれふれ」
肘折に降る雨は多くものの暮らしの鍵を握っている。ある時は
銅山川の色を変え濁流になりながらあらゆるものを流し、またある時は地滑りまでも引き起こす。雨は我々に自然の脅威を感じさせながらも、地を豊か潤し花々を美しく咲かせる。恐るべき自然の現象が、日常の幸せに気づかせてくれるのであれは、災害すら恵みなのかもしれない。

【制作プロジェクト・作品概要】
本作は山形県最上郡大蔵村肘折温泉内にある唯一のお蕎麦屋「そば処 寿屋」に恒久設置した「肘折えんむすび」シリーズは肘折温泉がもつ豊かな魅力を楕円の木板に描いた日本画作品である。
2015年2月から店主と共同企画し、店舗の住居スペースに泊まり込み、店主一家と寝食を共にし、リアルな肘折生活を体験しながら制作、7月に完成披露した。
この独特の楕円形体は肘折の地蔵倉に結ばれた縁結び祈願の5円玉から発想を得て、店内の空間に合う大きさ・比率を探りながら生み出した。
肘折温泉街において寿屋は、全国各地から訪れた観光客や湯治客が集い、蕎麦を食べながら交流が生まれる場所である。自作が多くの人々のご縁を結び、福を招くような作品になってくれたら、自身とってこの上ない幸福である。